『フォックスキャッチャー』〜映画感想文〜
※この記事はちょっとだけネタバレしています
『フォックスキャッチャー』(2015)
上映時間 135分
監督 ベネットミラー
「マネーボール」「カポーティ」のベネット・ミラー監督が、1996年にアメリカで起こったデュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンによるレスリング五輪金メダリスト射殺事件を映画化し、2014年・第67回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したサスペンスドラマ。ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得したレスリング選手マーク・シュルツは、デュポン財閥の御曹司ジョンから、ソウルオリンピックでのメダル獲得を目指すレスリングチーム「フォックスキャッチャー」に誘われる。同じく金メダリストの兄デイブへのコンプレックスから抜けだすことを願っていたマークは、最高のトレーニング環境を用意してくれるという絶好のチャンスに飛びつくが、デュポンのエキセントリックな行動に振り回されるようになっていく。やがてデイブもチームに加入することになり、そこから3人の運命は思わぬ方向へと転がっていく。「40歳の童貞男」のスティーブ・カレルがコメディ演技を封印し、心に闇を抱える財閥御曹司役をシリアスに怪演。メダリスト兄弟の兄をマーク・ラファロ、弟をチャニング・テイタムが演じた。(以上、映画.comより)
予告編
「正しさ」だけで生きていけない人たちの悲喜劇
実際の事件をベースにしている本作。実際のジョン・デュポンの人物像はちょっと違っていたり、マーク・シュルツ本人も描かれていることに対して色々思うところがあったようですが、本当によく出来た映画でした。
まずこの映画で特筆すべきなのは、3人の主演の素晴らしさです。
3人とも出てきた瞬間にどういう人物かわかるという佇まいの説得力!
マーク・シュルツを演じるチャニング・テイタムには驚きました。肉体派バッキバキ超セクシーみたいなイメージの彼が、根暗マッチョを演じられるとは、、、(失礼な文章)
冒頭のシーン、マークはアマチュアレスリングの大会で優勝した経験を生かして、講演会などで生計を立てているようなのですがどうも上手く喋れていない様子や、その後、車の中でモソモソとハンバーガーを食べるシーンなどいわゆる「コミュ障」っぽい佇まい。
一目で「根暗」とわかる演技と演出。
続いて、マークのお兄さんのデイブ・シュルツ。
マークとは対照的に人当たりも良く、レスリングも強い、しかもかなり家族思いのお父さん。
言ってみればデイブは世間的に言う「正しい人」です。
これも出てきた瞬間に喋り方や表情の豊かさで好感が持てる人を、マークラファロが好演しています。
しかも、レスリングにおいてもデイブはマークより上手であることがぶつかり稽古の様子だけでわかります。
冒頭だけでもわかるように、セリフによる説明は一切せず映像的に説明しているのが本作の巧みなところだと思います。
まぁそんなわけで、マークは「正しい人」である兄と自分を比較して鬱憤を溜め込み、孤独感を感じているわけです。
そしてマークと同じく孤独を抱えているもう1人の主人公、ジョン・デュポンを演じるスティーブ・カレルが素晴らしい!
一言で言ってしまえば「孤独な支配者」なのですが、支配者っぽいオーラが微塵もありません(笑)
登場の仕方も引きのショットで画面の端からヒョコヒョコ歩いてくる感じですし、なんとも弱そうな雰囲気で演出されています。
ちなみにこのジョンのマザコン設定といい、鳥類学者といい「サイコ」のノーマンベイツっぽい感じもあった気がします。
このジョン・デュポン。母親にはレスリングが好きなことを認めてもらえず、愛情も受けていない、しかも幼い頃に母親が自分の友達にお金を渡していたのを見てしまった。
要するにジョンは、母親からの承認や愛を得ず、「金で買った関係」の友達しかいないという孤独を抱えている人間です。
そんなジョンが自分のレスリングチームにマークを"雇う"ところから物語が始まり、2人でレスリングでの成功を目指す前半部。
なんとか成功を収めたいマークは一世一代のチャンスとばかりにジョンに尽くします。
ジョンを讃えるスピーチを必死に練習したり、ジョンの好きな鳥の本読んだり、ジョンの家系を讃えるビデオ見たり、明らかに同性愛的なメタファーのレッスンを嫌々受けたり、、、
とにかく健気なマークシュルツくんです(笑)
2人で記念撮影☆(死んだ目)
それでも「自分自身を認めてくれた」という一点でジョンのために頑張るマーク。徐々にジョンに対して信頼を置くようになります。
一方のジョンは相変わらず「下品なレスリングより乗馬がいい」という母親に認めてもらえず、"金で買った"マークとの「友達ごっこ」だけでは承認欲求を満たせなくなります。
そして、ついに「自分の持っていないものを全て持っている人=金以外全て持っている人」のデイブをコーチとして自分のチームに呼び寄せます。
なんとも辛いのが、マークにしてみれば「自分自身を認めてくれた」と思っていた相手が、結局「正しい人」の兄のほうへ行ってしまったんですよね。
この裏切られた感。しかもデイブは冒頭の時点でジョンのチームに入るのを嫌がってたんですよ!でも「給料が良くて家族のためにも」と結局チームに来て。
「デイブ、お前が来たらマークが傷つくのわかんねぇのかよ馬鹿野郎!!」と叫びたくなったのですが、グッとこらえて溜め息まじりに頭掻きむしってました(笑)
「結局ジョンも兄貴のとこ行くのかよ!」と、拗ねるマークを心配してデイブがフォローするんですがこれも腹立つ(笑)
慰められてさらに惨めな思いしたこと、あります(笑)
「慰めてくれんな!アンタに慰められるのが一番辛いんだよ!」と思ったこと、あります(笑)
ここは、留年経験者の僕としては感情移入しまくりのシーンでした(笑)非常に理不尽な怒りと自覚はしていますが、この気持ちはよくわかります(笑)励ましてくれた皆さん、すいません(笑)
※イメージです
そんなこんなでマークはデイブの助けを得ながら大会に出場するも敗退。ジョンのチームから追い出されてしまいます。
で、マークの代わりにデイブと「友達ごっこ」をしようとするジョンですが「正しい人」であるデイブはそんなことには乗りません。
あくまで「雇い主」と「雇われコーチ」という関係。それ以上でも以下でもありません。
終盤、休日にジョンが一人でデイブの家に訪ねて行くシーンがあるのですが、ここも本当に寂しいシーンになっています。
デイブとしては休日なので「今日は休日ですよね?家族サービスの日だったと思うんですが、、、」と迷惑そうな顔。
それを受けて「あ、そうだよね。ごめんごめん。」とトボトボ帰っていくジョン。
劇中では何も語られていませんが、ジョンはデイブの家族と遊ぼうとしてたんじゃないか、と思わせる様子でした。
もちろん、デイブは何かひどいことを言ったわけではありません。契約通りのことを言ったまでです。でも、先述のマークしかり「正しさ」に押しつぶされてしまう人の痛みを、「正しい」が故に気づかないことってあるよなぁと。
そしてここでわかるのは、デイブこそ"金で買った"友達だったということです。
母親からの承認、レスリングでの成功を得られず、唯一の友達のような人を失い、結局孤独になってしまったジョン。
この後、悲惨な事件が起きてしまうのですがその素っ気無さたるや。
そんなことではジョンの孤独はどうにもならなかったということなのかなぁと感じました。
なんかすごい暗い映画っぽく書いてしまいましたが、はっきり言ってマークとジョンのシーンは笑っちゃうシーンもあります!
というか撮り方や演出によってはほとんどコメディにできるような映画です。
でもその二人の悲劇性を強調する作りになっているのが本作のポイントかなぁと思います。
それでいてラストは、なんとか自分自身を肯定できるようなマークのシーンで終わるので、後味としてもほんのり前向きな映画です。
ぐうの音も出ないほどの「正しさ」に反抗したくなること、膨れ上がった承認欲求を持て余してどうにもならなくなったこと、その結果理不尽な怒りを他人にぶつけたくなったこと、無いですかね?僕は他人事じゃ無いなと思いました。
非常に暗い映画ですし、派手な見せ場もないので退屈だと感じる人も多いと思いますが、僕にとっては大切な一本になってしまった映画でした!
軽い気持ちでオススメできませんが傑作だと思います!
興味があれば是非!
これもよかったベネットミラー監督
スティーブ・カレルといえばですね。
チャニングテイタムが衝撃のチョイ役です(笑)