無知蒙昧のモノ語り

映画、音楽、本、雑感などなど好きなものを好き勝手に書いてます。

『淵に立つ』〜映画感想文〜

※この記事はちょっとだけネタバレしています

 

 

 『淵に立つ』(2016)

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 上映時間 119分

 監督・脚本 深田晃司

「歓待」「ほとりの朔子」などで世界的注目を集める深田晃司監督が浅野忠信主演でメガホンをとり、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した人間ドラマ。下町で小さな金属加工工場を営みながら平穏な暮らしを送っていた夫婦とその娘の前に、夫の昔の知人である前科者の男が現われる。奇妙な共同生活を送りはじめる彼らだったが、やがて男は残酷な爪痕を残して姿を消す。8年後、夫婦は皮肉な巡り合わせから男の消息をつかむ。しかし、そのことによって夫婦が互いに心の奥底に抱えてきた秘密があぶり出されていく。静かな狂気を秘める主人公を浅野が熱演し、彼の存在に翻弄される夫婦を「希望の国」「アキレスと亀」の筒井真理子と「マイ・バック・ページ」の古舘寛治がそれぞれ演じた。(以上、映画.comより)

 

 予告編

youtu.be

 

 

 「家族」を通して人間の「孤独」を描いた傑作

 

  以前、「角川映画祭」にて「時をかける少女」鑑賞時に、本作の予告編を観てから絶対に観ようと思っていた作品であります。

 お客さんの入りはまずまずだったのですが、退場する人全員が「何か深刻な顔」をしていたのが印象的でした。

 僕自身、鑑賞後しばらく精神が不安定になりました(心が弱い)

 

 結論から言えば、カンヌでの受賞も納得の傑作で僕も非常に楽しんだのですが、気安く人に勧められない作品です(是非観ていただきたいのは前提ですが…)

 

 というのもこの作品、119分の上映時間中ずっと地獄を見せられているような気分になるので、本当に見ていて辛いです(褒めてます)

 

 「あの男が来るまで、私たちは家族でした」というキャッチコピーなのですが、僕から言わせてみれば「あの男が来て、私たちは家族じゃなかったことがわかった」です。

 

 

 オープニング、娘の蛍(篠川桃音)がオルガンの練習をするショットから始まるのですが、画面の乾いた色調やメトロノームの音が不穏な感じで素晴らしいアバンタイトル

 

 そこから家族の食事のシーンになるのですが、章江(筒井真理子)と蛍の会話に全く入らない利雄(古舘寛治)の様子から、すでにこの家族は壊れているという雰囲気に満ちています。

 その後、八坂(浅野忠信)がやってくるのですが、周りの景色から完全に浮いた真っ白なシャツを着て登場します。

 

 背筋も伸びてて真面目そう

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 見るからに何かあると感じさせる登場シーンですが、そこからの利雄との会話で八坂は出所してきたばかりであることがなんとなく示されます。

 

 こんな感じで本作は全編通して、何気ない会話や色の演出でキャラクターを説明していくという非常に映画的な見せ方がされていて、なおかつ役者さんの演技のニュアンスで会話の内容と人物の感情が一致していないように見せられたりして、本当に巧みなあたりだと思いました。

 

 特に浅野忠信さんと古舘寛治さんの「何考えてるかわからない感」がすごいです。

 

逃げ恥のバーのマスターは表情豊かですね 

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 浅野さん演じる八坂はすごく丁寧で真面目な人だと思ってたら乱暴になったり、普通のこと話してても表情が読めなかったり。

 古舘さん演じる利雄も無口で淡々としてるんですが、八坂に対しては親しげに会話してて、でもなんとなく裏がありそうな感じで、という微妙なニュアンスが入った演技で、お二方とも流石と言うしかないです。

 ってか浅野さん自体、何考えてるかわからない感ありませんか?(失礼な文章)

 

 その八坂が章江に自分の犯した罪を独白するシーンから物語が大きく動き出すのですが、この独白シーンのインパクトたるや。

 八坂が自分の罪を懺悔するのをアップで捉えているのですが、環境音がどんどん消えていって、ゆっくりクローズアップ、背景もほとんど見えないようにピントが外れていくという演出で、こちらがどんどん八坂に引き込まれていく感じになっています。

 

 で、敬虔なクリスチャンの章江も八坂の懺悔を聞いて引き込まれてしまうわけです。

 その結果、章江と八坂は"イイ感じ"になっちゃたりしちゃったりします。まぁ章江的にも無口なパッとしない髭面の利雄より清潔感のあるイケメンのほうに惹かれるよなとも思いました(非常に失礼な文章)

 

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 さらに八坂はオルガンも弾ける系男子ですので蛍も八坂に懐いていきます。

 

 こんな感じでこの一家が八坂によってバランスを失っていく中で、徐々に八坂の本性が明らかになっていきます。

 この八坂の本性が出てくる場面で、必ず赤色が出てくるのもうまい演出だなぁと。

 赤いバラ、赤いTシャツ、赤いランドセル、赤い橋、、、と、その後の展開で八坂の影を思い出す装置にもなっていて見事な演出だと思いました。

 

 特に物語のターニングポイントとなる決定的な事件での赤色演出は素晴らしいです。

 真っ白なツナギを着た八坂がジッパーを下ろしてツナギを脱いだ瞬間、真っ赤なTシャツが出てくる。八坂の暴力性を映像的に見せていて巧みですし、何より観てるこっちがハッとしてしまう見事な演出でした。

 

 で、決定的なある事件が起きた後の後半は、本当に地獄を見せられているような気分でした。

 八坂が不在の空洞になり、そこに翻弄され続ける壊れた家族。無口な利雄はよく喋るようになり、壊れたはずなのに夫婦の会話が増えていく何か居心地の悪さ。

 全ての日常的な風景が、何かイビツに見えてきて心底恐ろしいなと感じました。

 

 そしてこの後半、章江を演じる筒井真理子さんの演技が本当にすごい。ってかこの映画で素晴らしくない役者さんはいません!!!

 まず、月日が経ったことが一目でわかる筒井真理子さんの見た目。デニーロアプローチならぬ真理子アプローチです!老けっぷりがすごい!(褒めてます)

 

 悲惨な事件と八坂の失踪により完全に病んでしまった章江ですが、観ていて本当に辛い。未だ状況を受け止めきれず、なんとか普段通りの生活をしようとしている章江の不安定さに「この人いつ自殺してもおかしくないぞ」と、めっちゃハラハラさせられます。

 

 そこから新しい従業員の孝司(大賀)が絡んできてクライマックスになだれ込んでいくのですが、事ここに至って「なんでこんなことになった」と感じるわけです。

 

 本作ではある2つの事件の真相が観客に示されません。それはつまり「あの時こうしていれば」という時の、決定的な「あの時」がわからない状態で物語が進んでいくので、観客も登場人物も根本的な解決策がわからないという状態に陥るわけです。

 

 これによってもはや取り返しがつかない状況の悲惨さを感じさせられるので、観終わった後も胸がキリキリして、結果的に僕は若干体調が悪くなりました(笑)

 

 クライマックス、章江が見る夢の切実さや幻想的な蛍のシーンも映画的な想像力の飛躍を感じる素晴らしいシーンですし、文字通り"淵に立つ"八坂の不気味な表情に心底ゾッとします。

 

 そしてラストの利雄のアクション。利雄の罪と罰なのか、あるいは人間が本質的に抱える孤独への希望的な回答なのか。

 鑑賞後一ヶ月経っても未だにわからないですが、後者であってほしいと思います。

 

 エンドロールに流れる主題歌も素晴らしいですし、脚本、演出、演技、どこをとっても一級品でした!

 あと、パンフレットも素晴らしいです!充実したインタビューもさることながら、なんと第一稿のプロットと、決定稿のシナリオが載っています!これで800円は安すぎる!!

 非常に重たい作品ですし、鑑賞後、色々考えてしまう映画ですが、所謂"後味の悪い映画"とは一線を画した大傑作だと思います!

 

 僕がモタモタしてた間に上映館数が減ってきていますが、映画館という集中できる環境で人間の心の闇の淵に立って頂きたいので、是非映画館でご鑑賞ください!おすすめです!!

 

 

 

小説版の帯文は二階堂ふみ

淵に立つ

深田監督作のこちらも観てみようと思います

 

歓待 [DVD]

 

この主題歌も素晴らしかった!

 

Lullaby