『猿楽町で会いましょう』〜映画感想文〜
※この記事はちょっとだけネタバレしています
『猿楽町で会いましょう』(2021)
上映時間 122分
監督:児山隆 脚本:児山隆・渋谷悠
第2回未完成映画予告編大賞MI-CANでグランプリを受賞した児山隆が、同受賞作を長編監督デビュー作として映画化。鳴かず飛ばずの写真家・小山田と読者モデルのユカ。2人は次第に距離を縮めていくが、ユカは小山田に体を許そうとはしなかった。そんな中、小山田が撮影した彼女の写真が2人の運命を大きく変えることになる。「劇場版おっさんずラブ LOVE or DEAD」の金子大地が小山田役、「イソップの思うつぼ」「左様なら」の石川瑠華がユカ役を演じるほか、栁俊太郎、小西桜子、前野健太らが脇を固める。(以上、映画.comより)
予告編
ファインダー越しでは”私”は見えない
痛々しくぶつかり輝き合う若者を描いた
青春映画、そして(同時にホラーでもある)恋愛映画の傑作
緊急事態宣言明け、2本目はこちらを観に行きましたー!
監督舞台挨拶付きの上映会ということもあり、劇場は8割くらい埋まってましたね。
児島監督の人柄の良さが出ていた舞台挨拶で、監督が学生時代に行っていた映画館の話とか、「親が『猿楽町で〜』を観てなんとなく気まずいなぁ」みたいな話も聞けて、楽しい舞台挨拶でしたよ(笑)
というわけで、観賞後すぐの感想はこんな感じ。
『猿楽町で会いましょう』観賞。
— チャンタ (@chantake_cinema) 2021年7月3日
ちょっと色々考え込んでしまうような映画なので、すぐに感想が書けるタイプではないんですが、とにかく素晴らしかったです。
脚本も良い、撮影も良い、編集が素晴らしい、役者がめちゃくちゃいい、そして何より石川瑠華がいい。
感想とも言えない感じですし、鑑賞中とにかく感情がグッチャグチャにされましたが、ギリギリのところで映画作品として、脚本と撮影、そして何より編集が素晴らしかったのはわかりました(笑)
物語は一旦置いておいて、とにかく映画としてのクオリティが非常に高いです。
CM等で映像ディレクターされていた方とはいえ、これが監督デビュー作ってどんだけの才能だよと思わずにはいられませんでした。
まず触れておきたいのは脚本の構成ですよね。
3つに分かれたチャプターの中で、時系列を前後させながら主人公の小山田(金子大地)と田中ユカ(石川瑠華)のそれぞれの目線を描いていくのですが、この構成を非常に巧みに使った脚本だと思いました。
それこそ倦怠期夫婦ものの傑作「ブルー・バレンタイン」やら、はたまた"恋愛についての映画"である「(500)日のサマー」やら、今年公開された日本の恋愛映画の大傑作「花束みたいな恋をした」(僕の感想はコチラ)の第一幕もこういった構成に近いのですが、本作はこの構成を使って、恋愛映画、青春映画的な面白さだけでなく、サスペンス的な面白さを前面に押し出しています。
もうね、ぶっちゃけ「カメラマンとして夢を追っかけている男が女優志望のモデルの彼女と付き合うけど次第にズレていって、、、」な話と思って「このパターンか〜」と観ていると、チャプター1の終盤で「えっ!!なにこれ怖い!」ってなってくるんですよ。そんでチャプター2からガンガン引き込まれていくという。
構成は別として、この感覚は昨年度のベストにも挙げた「本気のしるし」のあの感じが近いですね。そして両作とも女性を「ファムファタール」として描かない作品でした。
話を脚本に戻すと、チャプター1で出てきたセリフやシーンが、そのまま伏線やリフレインとして後々に効いてたりして、これが「巧みな構成の脚本」と言わずしてなんと言えばいいのか(笑)
撮影についても冒頭からして超良くて。
出版社のフロアに忙しそうなデスクが並ぶところに、小山田がポートフォリオを持ってくる、というシーンなのですが、回り込むカメラワークと、奥行きをしっかり感じさせつつ被写界深度の浅い撮影が、小山田の「何者でもなさ」端的に説明していたと思いますし、ここぞというシーンでは手持ちカメラで躍動感や不安定さも出したり、とにかく撮影が的確なんですよね。
そして何より素晴らしいなと思ったのが編集。
先述した手持ちカメラの動きへの切り替えが本当に見事だし、何よりグルーヴ感があるというか。そろそろ画面が切り替わるかな、というところで切り替わらなかったり、逆にバッサリ編集して次へ、みたいなテンポの編集が、本作のサスペンス的な面白さを出しているんだと思います。
あと、フッと挟み込まれる濡れた洗濯物やタバコの灰皿のカットの長さもすごい気持ちよくて(感覚的な話ですが)
そんな感じでとにかく、脚本・撮影・編集の全てが緻密に計算されて組み立てられていて、しかもそれが作品を超面白くしていて、、、ちょっとレベルが違うぞと(笑)
そういった技術的な部分の素晴らしさというのは、鑑賞後に振り返って考えて整理がついたから今こうして書けているわけで。
観ながら気づいた点もありましたが、ぶっちゃけ鑑賞中は、主人公の小山田とユカの物語に心揺さぶられまくっていたわけです(笑)
小山田の目線から描かれるチャプター1は「夢を追う2人の恋愛話」というありがちな設定なんですが、やっぱり頑張ってる若者は応援したいわけですよ(笑)
たまたまモデルやってくれることになったユカに軽率に手を出してしまう感じも、それを職場の先輩にダセーって言われる感じも、それでも"この人の写真を撮っていたい"と、ユカに対して真摯に向き合っていく姿も、眩しい青春の1ページなわけです。
そりゃ僕だって「そのTシャツ、ナイトオブザリビングデッド!」と指摘されたら「話合いそう!」って気になっちゃうし、家に来て一緒にベッドに入って「何もしないでね」って言っちゃうような女の子には絶対振り回される(笑)
でも何より、「ユカを撮ってる時は自分らしい写真が撮れる」っていうのは、小山田にとっては自分を肯定された経験だったんだろうし、それはユカにとっても同じことで。
そういう”自分を肯定してくれる存在”と出会えた、というのは恋愛においてはすごく大事なことだと思うんですね。
そんな仕事も恋愛も順風満帆な小山田が、ユカの家にサプライズで行ったところからこの2人の関係が崩れていくのですが、、、
このシーンで、ドアの前で立ち尽くす小山田を捉えたショットなんか完全にホラーですね。ちょっと「ヒメアノ〜ル」の素晴らしいタイトルシーンを思い出したり。
ここからチャプター2でユカの過去が描かれていきます。
モデルを目指して上京してきた。バスで出会ってそのまま付き合うことになったイケてる彼氏。”東京”で夢を叶える。
そんな風に東京暮らしをしているユカが、どんどん周りに流されていく様子は観ていて本当に心配になるくらいなんですが、同時に、ユカが無知であり行き当たりばったりで進んできたということも描かれていきます。
モデルを志していたのに他人の言葉で女優に路線変更をしたり、演技学校(かなり怪しめ)の学費を知らずに生活苦に陥ったり。
可哀想だし辛いなと思う反面、彼女の愚かさにもどうしても目がいってしまうんですね。バイトしている古着屋の同僚の男の子を見下したり、嘘をついて急に休んだり。
このチャプターで観客は、”ユカという女性”をどう捉えればいいのかわからない状態にされていくんですね。
そしてチャプター3。カメラマンで成功を収めている小山田と、未だ夢をつかめず、生活をするための労働に追われているユカの道ははっきり分かれていきます。
ここから先、あまりにも容赦なく追い詰められていくユカの様子が描かれていくのですが、ここに至ってようやく、この映画が描こうとしているのが「(若い)女性を搾取する、この社会のシステム」だということがわかります。
ユカが無知で愚かだったことは事実かもしれないが、その無知や愚かさに付け入り、都合よく搾取しようとしたのは誰なのか。
もともと漠然とした”夢”を持って上京してきた流されやすいユカだけど、その彼女の自尊心を削っていったのは紛れもなくこの社会のシステムなわけで。
そうやって削られた自尊心を、借り物の個性と重ねた嘘でなんとか取り繕う生活。
夢を追う小山田に惹かれたのもそんな状況で出会い、”自分を肯定してくれた”からなのです。しかし、ユカが重ねた小さい嘘が致命的に小山田の信用を損ない、2人はどんどんすれ違っていきます。
小さい嘘を重ねていったユカは確かに良くないし、それでも信用すると心に決めた小山田は偉いのかもしれません。
でもそこには、無知な田舎者が故に搾取され、嘘をつくことでしか保てないほど自尊心を削られた”弱者”のユカと、”チャンスをものにできる機会”のある”強者”としての小山田の姿があります。
そもそも小山田は彼女の何を”肯定”したのでしょうか。
ユカは「ナイトオブザリビングデッド」だって名前を知っている程度だったし、「ユカを撮ってる時は自分らしい写真が撮れる」というのも”被写体としてのユカ”だし、そもそも”撮る側のカメラマン"と、”撮られる側のモデル”という関係自体が何を言わんや。
結局のところ、彼はファインダー越しでしか”ユカという女性”を捉えていなかったのではないかと思うのです。彼女の傷ついた自尊心も、塗り重ねた嘘の理由も見えないまま。
だからクライマックス、決定的な嘘を重ねるユカに向かって小山田はカメラを向けるわけです。”本当のユカ”を写すためではなく、「お前は俺の被写体だ」と言わんばかりの表情で。
無知で愚かで嘘で塗り固められた、でも守ってあげたくなるような儚さと魅力を持ったユカ。
小山田目線で見ると、それはいわゆる男性を翻弄し運命を変える「ファムファタール」に見えるかもしれません。
でも「本当の自分なんて知りたくない」と明け方の街に消えたユカは、”男性の都合で作られた”「ファムファタール」などではなく、「"夢"を追いながら搾取され続ける生活を送る、ごくありふれた女性」なのだと思います。
最後になりましたが、役者陣も本当に見事でした!
小山田を演じた金子大地さん。序盤は真っ直ぐで優しげな目をしてるんですが、中盤あたりからドンドン、その真っ直ぐな目に攻撃性を帯びてくるあたり、とても説得力のある演技をされていました。
そしてなんと言っても、ユカ演じる石川瑠華さん!!不安定な佇まいであるとか、それこそ"小悪魔"的破壊力の魅力、そしてそれすら自分でコントロールしてそうな、本当の彼女がわからなくなるような、そんな雰囲気を出してらっしゃって、、、彼女以外にこの役が務まるのかと思うくらいの演技でした!
本作は他にもたくさん登場人物が出てくるのですが、本当にモブっぽいキャラクターにもきっちり存在感があって、そして本作をより多面的に捉えるために配置されていて、その辺りもすごく計算され尽くした作品だと感じました。
僕があまりにもレビューが遅くなってしまって、もうすでに上映館がほとんどない状態なのですが、個人的には確実に、今年ベスト級の作品になりそうなので、再上映、レンタル、配信、なんでもいいので是非見ていただきたいです!!