チャンタの映画感想ブログ

新作・旧作映画のレビューブログです。ネタバレはできるだけ避けています。

『すばらしき世界』~映画感想文~

※この記事はちょっとだけネタバレしています

 

『すばらしき世界』(2021) 

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上映時間:126分

監督・脚本:西川美和

「ゆれる」「永い言い訳」の西川美和監督が役所広司と初タッグを組んだ人間ドラマ。これまですべてオリジナル脚本の映画を手がけたきた西川監督にとって初めて小説原案の作品となり、直木賞作家・佐木隆三が実在の人物をモデルにつづった小説「身分帳」を原案に、舞台を原作から約35年後の現代に置き換え、人生の大半を裏社会と刑務所で過ごした男の再出発の日々を描く。殺人を犯し13年の刑期を終えた三上は、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、身元引受人の弁護士・庄司らの助けを借りながら自立を目指していた。そんなある日、生き別れた母を探す三上に、若手テレビディレクターの津乃田とやり手のプロデューサーの吉澤が近づいてくる。彼らは、社会に適応しようとあがきながら、生き別れた母親を捜す三上の姿を感動ドキュメンタリーに仕立て上げようとしていたが……。(映画.comより)

予告編

www.youtube.com

 

何てことない地獄のようなこの世界で生きること

コスモスと広い空のような美しさはどこにあるのか。

すばらしき座組による”人間の美しさ”を問う傑作!!

 

今年に入ってから『花束みたいな恋をした』、『ヤクザと家族 The Family』と、映画ファン以外にも広がっている邦画の現状がすごいわけですが、本作もその中の1本でしょう。

heinoken.hatenablog.com

heinoken.hatenablog.com

公開2週目に鑑賞したのですが、客席も8割は埋まってましたし、年齢層も幅の広い印象でした。

まぁでも、役所広司が出てて、予告編からも骨太な名作感がビンビンでしたので、普段映画をあまり観に行かない人も、行かなきゃっていう気分にもなるでしょう。

 

まず結論から申し上げると、まごうことなき傑作でした!

技術面でも高いクオリティだし、なんと言っても役所広司の圧倒的な演技力ですよ。役所さんの出演作を全部観ているわけではないですが、本作の主人公・三上は役所さんの中でもベストアクトに入ってくるんじゃないでしょうか。

 

 

 

監督は『ゆれる』『永い言い訳』などの西川美和さん。

2003年のデビュー作『蛇イチゴ』から本作を含め作品数が8本ということで、後追いでも全然フィルモグラフィーを遡れる監督さんなのですが、お恥ずかしながら『ゆれる』と『夢売るふたり』しか観ておらずでして…

というか、最近こういうパターンが多いですね…もっとちゃんと作家を追いかけないとダメだな…

 というわけで、西川美和さんの作家性についてはそんなに言及できないのですが、自分の印象としては「人生の割り切れなさ」を軽妙なタッチで描いていく監督だな、と感じております。

 

ただ、本作がここまでの風格を持つ作品になった要因としては、やはり役所広司という俳優、そして撮影監督の笠松則通さんの力というのも多分にあると思います。

 

本作、撮影が本当に良くてですね。冒頭の雪景色から独房へのショットだけで、「あぁこれはいい映画だ」と思わせる撮影。

撮影自体はデジタルだけど、あとからフィルムの質感に変えているようで。それだけだと別に、言ってしまえば素人でもできるんですが、これが笠松さんという大ベテランの撮影ともなると、本当に35mmフィルムで撮ったような、「映画ならでは」の質感になっておりまして。

 そこから役所さんの、もう佇まい、表情声の音量、そして(仲代達也さんが言うところの)セリフの音程ですよね。これだけで三上がムショ暮らしになれていること、真っすぐだが怒りっぽいこと、そしてその真っすぐさ故に危うさを抱えた人物であることがわかります。

 

よく「いい映画は開始10分くらいでわかる」という人がいますが、三上が出所して町へ向かう一連のシークエンスまでで、まさにそうでした(笑)

この劇伴の入れ方とか、バスでの三上の立ち姿とか本当に演出がバシバシ決まってて最高なんですよね…

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で、新たな生活を始めようとする三上ですが、まぁうまく行かない(笑)

 

さて、そんなこんなで「今度ばっかりは堅気ぞ」と一念発起する三上。

しかし生活保護を受けることにイライラ、仕事が見つからなくてイライラ、住んでるアパートの階下のやつが騒いでてイライラ…どんだけ短気なんだよという感じで(笑)

 

まぁでも気持ちもわからんでもないっていうか、さすがに三上は沸点が低すぎるんですけど、怒る理由もわかる程度には、騒いでるやつが迷惑だったり、役人があまりにもお役所仕事だったり、「前科者」として下に見られたりするわけです。

この、普通の人はなんとなく受け流したり、軋轢を起こさずに対処できるような些細なことに、三上は我慢できない、でも我慢しないとシャバでは暮らしていけない、ということが、本作のラストまで通奏低音として敷かれています。

 

こんな風に、三上がどういうキャラクターでどういう状況に置かれているかが、役者の演技と映像だけで序盤にしっかり提示されるので、なんてことない場面でも三上には一定の不穏さがあるし、周囲の人間もそう見えてくるという、実に丁寧な脚本だと思います。

 

ちなみに、本作のもう1人の主人公である仲野太賀さん演じるテレビディレクターの津乃田というキャラクターが登場し、三上の経歴が載った見分帳を読み上げるのですが、これも三上がどう生まれ育ってきたかを、ナレーションと過去の三上の写真をバンバン並べるという編集で、すごくテンポよく、映画をある種ミステリー的にドライブさせるような演出で、楽しかったですね。

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津乃田は最初は傍観者という立場、なんなら興味本位で三上を見ているキャラクターですが、三上と接するうちに三上を1人の身近な人間として見ていくようになる、まさに観客の視点と完全に一致するようなキャラクターで。

これを仲野太賀さんが、最初の軽率なニュアンスから最後の三上に対しての感情まで見事に演じられていましたね。

 

その他、身元引受人の弁護士・庄司(橋爪功)ケースワーカーの井口(北村有起哉)、スーパーの店長・松本(六角精児)など様々な人と繋がりながら生活していく三上の様子が描かれていくわけですが、この辺りの描き方も良くて。

特に、仕事が見つからない三上の様子を描いていく電話ボックスのシーンの引きの画、からの電話ボックスの中からのショットとか見事でしたね。

あと上記の登場人物など、三上が社会と接続するための人物を撮るときに、絶対に三上とその人物を真横から対面で、少しローアングルから安定感のある画を撮ることによって、全体に流れる緊張感からちょっと外れて、安心できるシーンとして見えるようになってるのも見事。

対面の画面って基本的には対立するシーンとして使われる(劇中でもありましたが)のですが、そういう意味も含めて三上が「社会と向き合う」という場面としてバッチリ決まってるなぁと思いました。

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で、前半部は結構、純粋で社会を知らない三上を、コメディ演出なんかもあったりして、言ってしまえば子供の成長記みたいな感じで見れるんですよね!

自動車学校の件とか劇場でしっかり笑いも起きてたし、何より怒ったりしょんぼりしたり笑ったり、コロコロ表情が変化する三上に本当に引き込まれます。

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そして、津乃田の上司、吉澤(長澤まさみ)の登場。”取材対象”としての三上に挨拶がてら一緒に食事をすることに。ここで津乃田は、三上の”暴力”という側面を目の当たりにして、物語に暗雲が立ち込めます。

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あくまで”取材対象”としての側面しか見ていなかった津乃田(あるいは観客も)。そこで吉澤が語る報道の大切さ、というのも報道に携わる仕事をしていた自分としては納得できる論理だし、おそらく"こちら側"という意識を持った人たちには共有できる感覚だと思います。

ただ、そこには”あちら側”と個人を"取材対象"とする暴力性も孕んでいて。

という話はよくある感じで、マスコミ、報道側がわかりやすい悪者として描かれることが多いのですが、吉澤はその暴力性を理解した上で、職業倫理に基づき覚悟を持って行動している人として描かれているが好感を持てましたね。

結局、1人の人間に対して覚悟を持って向き合えていなかったのは津乃田だったと。そして我々観客もしかり。

 

どんどん居場所を見失う三上。福岡の古巣に帰るもヤクザ稼業も厳しい現状を目の当たりにする。このあたりについては、どうしても『ヤクザと家族』に描かれたことを思い出しますし、個人的にはソープ嬢が宮城出身で、おそらく3.11の話が出たのがハッとさせられました。

世の中を”美しく”しようとするシステムは、やくざ者や前科者を排除するだけでなく、どうしても”普通の”仕事ができない状況の人のセーフティネットにすらなれない。

 

この後半部の始まりは、自分の故郷に帰り、古巣であるやくざの現状、そして自分の育った施設を確認して、いわば三上が自分の過去を清算するパート。

施設での子供たちとサッカーするシーンはあまりにも撮影が良くて、、、

それまでの撮影とは違う、とても動きのある撮影。役所さん、仲野さんの演技は素晴らしいんですが、子供たちの演出がすごい!!多分、演技指導してないんじゃないかなぁ。あの感じは演技では出せない無邪気な子供だったと思うんですが。

このシーン、描かれていることがあまりにも"美しい"人間の姿で、思わず泣いてしまいました。 

 

津乃田も同様に、自分が何をすべきなのか、三上と向き合うことでわかっていきます。

これは自分の存在意義を見失った三上と津乃田の物語。福岡で互いの信頼を取り戻した2人は、自分の居場所を再確認するために東京に戻ります。

 

無事に職も見つかり、今まで関わってきた人たちとささやかな就職祝いのパーティ。息を切らして広い夜空を見上げ、「シャブを打ったみたいや!」と漏らす三上の笑顔は、それまで弾かれ続けた地獄のような社会に、それでもここは「すばらしき世界」だと思わせてくれる、本当にピュアで尊い笑顔でした。

 

ただ、この就職祝いのシーンも、若干の不穏な空気は残してて。

みんなの会話が、いわば三上がこの社会でうまくやっていくアドバイスで、善意で言ってるのはとてもよくわかるんですけど、速いテンポでカットを繋いで見せることで、言葉の鋭さが増すような編集で。で、最後に何も言わずに温かい眼差しを向ける津乃田を見せることで、津乃田と三上の関係を表すという、見事な編集。

 

そしてクライマックス、三上の職場のケアホームでの事件は、ぜひ劇場で観ていただきたいのですが、社会の一員になること、または”社会が社会として平穏に回るために、暗黙の了解的に市民が守り、社会が要請するコード"がこれほどまでに人を苦しめるものなのかが描かれます。

三上の憤りも理解できるし、それが正しいと思う一方で、職員たちのいわば”決定的な亀裂を起こさないためのガス抜き"も、とても理解できてしまう。だからこそ、「今度ばっかりは堅気ぞ」とこれまで頑張ってきた三上は、そこに順応していく。

この哀しさ、割り切れない感情がぐっちゃぐちゃになったところで、それでもこの世界に美しいものはある、という象徴が、三上に手渡されたコスモスの花だったのだと僕は思いました。

 

”平和”で”美しい”社会の片隅で、存在しなかったことにされる者、搾取され続ける者は必ずいる。社会に順応するために、自分の信念や本当に大切なものを捻じ曲げないといられない人がいる。社会の一員としてそういったマイノリティを「制度上受け入れる」ということの傲慢さ。

多様性が謳われる現代において、本作はそういうことを突きつけてくる作品だと感じましたし、同時にそれでも人間は美しく生きることができるのではないか、と希望を残してくれるようなエンディングだったとも思います。

 

社会から孤立する人たちに対して我々には何ができるのか、普遍的なテーマではありますが今だからこそこの映画が問いかける"美しい人間"とは何かを考えることで、このなんてことない地獄のような世界が、いつか"すばらしき世界"になるんじゃないかなと思いました。

 

最後になりましたが、パンフレットがすごくいいです!

関係者インタビューもコラムも充実してますし、なんとシナリオ決定稿が掲載されていて!!鑑賞後にこれがどう映像化されたのか、どこが違うのかとか考えながら読むのがすごく楽しいです(笑)

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とにかく役所広司さんはじめ、本当に端役の方まですごいレベルの演技をされているし、技術面でも超ハイレベルの作品!

本当、今年は始まったばっかりなのにこんなにすばらしい邦画が出てきて嬉しい限りです(笑)

ぜひ、劇場でご覧ください!!