チャンタの映画感想ブログ

新作・旧作映画のレビューブログです。ネタバレはできるだけ避けています。

『WAVES ウェイブス』〜映画感想文〜

※この記事はちょっとだけネタバレしています。

 

WAVES ウェイブス』(2020)

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上映時間:135分

監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ

イット・カムズ・アット・ナイト」のトレイ・エドワード・シュルツが監督・脚本を手がけた青春ドラマ。ある夜を境に幸せな日常を失った兄妹の姿を通し、青春の挫折、恋愛、親子問題、家族の絆といった普遍的なテーマを描く。フロリダで暮らす高校生タイラーは、成績優秀でレスリング部のスター選手、さらに美しい恋人もいる。厳格な父との間に距離を感じながらも、何不自由のない毎日を送っていた。しかし肩の負傷により大切な試合への出場を禁じられ、そこへ追い打ちをかけるように恋人の妊娠が判明。人生の歯車が狂い始めた彼は自分を見失い、やがて決定的な悲劇が起こる。1年後、心を閉ざした妹エミリーの前に、すべての事情を知りながらも彼女に好意を寄せるルークが現れる。主人公タイラーを「イット・カムズ・アット・ナイト」のケルビン・ハリソン・Jr.、ルークを「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のルーカス・ヘッジズがそれぞれ演じる。(以上、映画.comより)

 

予告編

 

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“色”と“音”が描き出す、ある家族の崩壊と再生の過程。

映像と楽曲のグルーヴで“現代のティーン”の感性を見事に表現した、監督の“極上ミックステープ”

 

近年飛ぶ鳥を落とす勢いで、センスがエグい傑作映画を製作してきたA24の最新作。

公開前から宣伝で、「プレイリストムービー」と紹介され、その使用された楽曲がことごとく僕の大好きなジャンルのものだったので、ずいぶん楽しみにしておりました!

ということで、公開初日のレイトショーで鑑賞!

20代から30代くらいの若者グループやカップルが多めだったのが、宣伝の狙い通りっていう感じでしたね。宣材からうかがえる“映え”感が、オシャレ系な映画と印象付けたのでしょう。

僕もそんな印象を持っていました(笑)

さて、「クリシャ」や「イット・カムズ・アット・ナイト」のトレイ・エドワード・シュルツ監督ですが、不勉強ながら1作も観ておりません(泣)

ですので、監督の作家性について書くことは出来ないのですが、本作を鑑賞する限り、とにかく実験的なことをする人だなぁという印象でした。

それは監督がインタビューでも答えている通り、事前にプレイリストを作成し、そこから脚本を練り上げたという“プレイリストありき”な映画の作り方からも顕著に表れています。

 

本作の撮影や編集は間違いなく、このプレイリストの楽曲のグルーヴに合わせて行われており、映像表現と音楽が切り離せないものとなっております。

言うなれば、ミュージックビデオ的な発想をもとに、インスタ映え感、さらにはTikTok的な感性を織り込んだ作品だと思いました。

 

で、そのインスタ、TikTok的な感性っていうのは、従来の“映画的”な表現とはまた違うものなのですが、これが物語で描かれる現代のティーンたちの“リアルな心情”を表現するのに必要な手法なんだと思います。

20代後半の僕が言うのもなんですが、インスタ映えとか難しいし、TikTokとかもはやなんなんだって感じで、すっかり置いてけぼりをくらっている感じですし、、、、

きっと現代のティーンはこういう風に世界を捉えているんだろうなぁ」と感じさせるような手法で、それは僕にとっても新鮮で刺激的なもので、とてもフレッシュな映画表現のように感じました。

 

また、本作はタイラーパートとエミリーパートという2つの物語からなる二部構成を採っています。

監督も語るように「恋する惑星」から発想されたものらしいのですが、これにもびっくりしまして(笑)だって主人公が変わるなんて思ってなかったので、この話どうやって着地させるんだと(笑)

ただ、エミリーパートでタイラーを不在にすることで“家族の再生”をより切実なものとして描けていると思いました。

 

本作の話に戻すと、まずは冒頭、自転車を漕ぐエミリーテイラー・ラッセの後ろ姿からのタイトル。

これがラストと対になっていて、“崩壊と再生”を描いた映画として巧いなぁと唸ったのですが、この後のタイラーケルヴィン・ハリソン・Jrパートのオープニングが超よかったです!!

 

美しいフロリダの海にかかる橋を、車で渡るタイラーと恋人のアレクシスアレクサ・デミーを360度回転するカメラで捉えたショット。

カーステ(古い?)からはアニマル・コレクティブの「FloriDada」が流れます。 

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360度カメラとポップなこの曲がドライブを楽しむ恋人のキラキラ感たるや!

まさにインスタ映え的な“最高の瞬間を演出した”シーンです。

そこからシーンが学校に切り替わって、タイラー属するレスリングチームのトレーニングシーン。選手たちの足音に重なるように流れるのがテーム・インパラの「Be Abobe It」。

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躍動感に満ちた撮影と、アップテンポな楽曲のグルーヴがタイラーの輝かしい青春とともに観客を一気に物語に引き込みます。

 

この2曲は非常に重要な曲で、本作がどういう物語で、タイラーがどういう人物なのかを示唆する楽曲となっています。

FloriDada」では、「その橋こそが家へといざなう。戦いの終わりを告げる橋。代償を払った橋。古い橋にはさよならを告げよう」と歌われています。

「橋」というのは映画の中で重要なモチーフで、境界線を表す視覚的なモチーフとなっています。

つまり、タイラーの崩壊の物語と、エミリーの再生の物語の境界線としての橋。

エミリーのパートでも重要な場面で“恋人と橋を渡る”シーンが出てきます。

 

また、「Be Above It」では「俺は超えていかないといけない。奴らに俺を倒すことはできない」と歌われます。

タイラーの、父親のロナルドスターリング・K・ブラウンからの期待、自分自身への期待、そして順風満帆に青春を送ってきた(と思われる)ことから来る自信を非常にうまく表現していると思いました。

 

こんな感じで始まるタイラーパートですが、タイラーが肩を壊してしまうシーンとか本当に痛々しいし、恋人アレクシスとの仲が狂っていく様子とか本当につらくて。。。

鑑賞前に本作に持っていた印象と違いすぎて非常にショックを受けました(笑)

 

で、このタイラーパートには今のアメリカが抱えてる問題が仄めかされていたりして、描いていることと同時に手法的にも現代的なアプローチをしているパートだと思いました。

 

肩を壊した鎮痛剤として飲んでいるオピオイド

アメリカでも問題となっている、まぁヘロインと同様の成分の薬なわけですが、タイラーはオピオイドに依存していきます。

また同時にタイラーは、超マッチョな父親からの期待にプレッシャーを感じていて。

お前が望んで、決めたことなら完璧にやれ」と父親としては鼓舞するつもりの教えがタイラーをどんどん追い詰めていく様子が、ケルヴィン・ハリソン・Jrの繊細な演技で描かれていきます。

ただ、この父の言い分もなんとなく理解してしまうバランスでして。

 

タイラーと言い合いになるシーンのセリフで、「自分がどれだけ頑張ってここまでビジネスを広げたか。それぐらい頑張らないと我々はスタートラインに立てないんだ」というようなことを言います。

明言はされていないですが、これには“黒人として成功することの難しさ”“尊敬されるべき人間にならなければいけない”ということがあるんだと感じました。

6月に公開された『ルース・エドガー』にも描かれていたあたりでこちらも主演はケルヴィン・ハリソン・Jr!、現在に至る根深い問題なんだと思います。

 

選手生命が絶たれたタイラーが、マリファナを吸いながら友人たちと合唱するケンドリック・ラマーの「Backseat Freestyle」では「俺はずっと金と権力を欲してきた 俺のマインドをリスペクトしない奴は、銃弾の雨で死ぬんだよ」と歌われていています。

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ドラッグと音楽の力に頼り、自暴自棄気味に自分を鼓舞するタイラー。

彼が繊細であることは、ピアノを弾くシーンからも明白なだけに、これが非常に痛々しく映ります。

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ドラッグと酒に酔い、傷ついた兄を風呂場でエイミーが慰めるシーンは前半部の白眉でした。

タイラーがエイミーには唯一弱みを見せられる。

それまで印象が薄かったエイミーとタイラーの絆の深さがわかる良い場面でした。

 

そんな中、ラブラブだった恋人のアレクシスの妊娠が発覚。このあたりの演出も周到で。

 序盤にあった2人が海の中で抱き合うシーンが反復されるのですが、序盤の方はフロリダの青い空だったのが、このシーンでは雷が鳴る暗雲が迫っていたり。

色彩設計に関しても、序盤はカラフルだった画面がだんだんとで埋め尽くされていきます。

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まぁ高校生には荷が重いことですが、タイラーはオピオイド中毒にもなっているため怒りっぽくなって、つい彼女に冷たい言葉を吐いてしまいます。

そんな彼らに寄り添うようなH.E.Rの「Focus」も素晴らしい。。。

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この辺から映画の緊張感がどんどん増していき、タイラーが道を踏み外していくのですが、これもやはり音楽のグルーヴと映像のテンポが見事で、本当にあれよあれよとタイラーの転落の様子が描かれていきます。

 

タイラー・ザ・クリエイターの「I FHY」が「お前がクソ憎い、でも愛してる」と歌えば、タイラーは自分の部屋で暴れて泣き崩れる。

心配した両親を「わかってたまるか!」とタイラーが突っぱねれば、カニエ・ウェストの「I am a God」が流れる。

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 彼がアレクシスを探しにパーティー会場に入るシーンも見事で、ここまでくると画面にはの色彩がよりはっきり出てきて、タイラーが悲しみや怒りの中にいることがわかります。フラッシュライトが照らす彼の顔が、その色によって引き裂かれた表情に見える演出が素晴らしい。

そしてある悲劇が起き、、、とここまでが映画の半分です(笑)

 

文章力がないばかりに長々と書いてしまいましたが、ここからエミリーパートへ。 

ちなみにタイラーが肩を壊したあたりからスクリーンサイズがどんどん小さくなっていく演出が施されていて、彼の見ている世界がどんどん狭くなっていくという表現として見事な演出だったと思います。

 

で、エミリーパートはその一番狭いサイズからスタートします。

孤独になったエミリーの表現として、1人で食堂にいるシーンがあるのですが、これも青色が基調になっています。

そんなエミリーに好意を寄せて話しかけてくるのがルークルーカス・ヘッジズ

彼と交流を深めるうちに、エミリーの視界は広がっていき(画面サイズも)色を取り戻し始めます。

 

そんなルークとの初デートのシーン。

「この歌が好き」とエミリーが言うダイナ・ワシントンの「What a difference a Day Make」。

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「たった1日で人生がこんなに変わるなんて」と歌うこの曲はタイラーパートでも出てくるのですが、同じ曲なのに違う響き方をさせる粋な演出だったと思います。

 

この“反復”というのが二部構成を採っている本作のキモだと思っていて。

スクリーンサイズが狭くなる前半と広がっていく後半、色が失われていく前半と取り戻していく後半、タイラーとエミリーのパートが合わせ鏡のようになっているため、“反復”がよりその印象を強調させるものになっています。

 

車の窓から顔を出すシーン、デートシーン、両親の仲たがい等、エミリーパートの様々なシーンでタイラーの物語を思い出す仕掛けになっています。

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特に鍵となっているのが、エミリーが父親を許すシーンと、エミリーとルークの入浴シーンです。

まず前者は、タイラーを風呂場で慰めるシーンと対になっています。

ここでロナルドが、父親として息子を壊してしまったこと、娘と向き合えていなかったことを後悔し、初めて涙を見せるんですよね。

兄が自分の愚かさに泣いた夜に寄り添ったように、エミリーはここで父親の罪を許します。私はあなたの気持ちもわかっていたよと、僕はそう感じました。

 

後者の入浴シーンは、仲たがいしたまま亡くなりそうな父親に会うことを迷うルークに対して、エミリーが背中を押すシーンですが、非常に重要な場面でして。

 

思えばタイラーもエミリーも、何かが始まる瞬間、水の中にいるんです

タイラーとアレクシスの幸せの絶頂も海の中、そして2人の関係が壊れていき始める時も海の中にいます。

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反対に、エミリーとルークが向き合った時には入浴中ですし、その後2人が絆を深めていくときにも川や湖の中にいます。

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で、入浴シーンでかかるのがフランク・オーシャンの「Seigfried」。

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この曲はフランク・オーシャンが恋人と別れたことで、自身のアイデンティティ(オーシャンは初恋の人が男性だったと。)に苦悩するような歌詞なのですが、ぜひ和訳サイトで歌詞を読んでいただきたいです。

 

この曲の「これは俺の人生じゃない」というあたりで、車で父親のもとへ向かう場面に切り替わり、「勇気を!」という歌詞で、2人が海に飛び込む姿を映す。

この編集と音楽の見事さたるや。オーシャンという繊細で複雑なアーティストタイラーもそうだったがの、心の脆さが前面に出た楽曲をポジティブに響かせる、素晴らしいシークエンスでした。

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ちなみにこの場面、2人はカーステ(古い?)でアニマル・コレクティブの「Bluish」を聞いていますが、ここも冒頭のタイラーとアレクシスを思わせるシーンですね。

ちゃんと「橋」も渡っています。希望へのブリッジですね。

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そうして、無事に父親と和解し看取ることができたルークを見て、エミリーも勇気を出して、悲劇から立ち直れず家族をも拒絶する状態だった母親のキャサリンレネー・エリス・ゴールズベリーに「もう一度、家族として話せるようになりたい」とメールを送ります。

 

成功者になるはずだった兄。兄に関心を向けて自分には向き合ってくれなかった両親。

ルークと知り合い、世界の広さと色を取り戻したエミリーの嗚咽まじりの勇気が、家族を再生させる言葉になる。

ここで流れるレディオ・ヘッドの「True Love Waits」の歌詞はこんな感じ。

 

「どうか行かないで。行かないでくれ。」

「本当の愛は待っている。恐ろしい屋根裏で」

「本当の愛は生きている」

「お菓子のたくさん詰まった場所で」

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エミリーの泣き顔のアップ、再び家族に戻ろうとする両親、そしてここまで不在だったタイラーの現在が映し出される映画的モンタージュ

 

もう本当に素晴らしいラストシークエンスで、ここで思わず泣いてしまいました。

久しぶりに、頭で考えるより先に感動して泣く、という経験をしました(笑)

 

ラストシーン、冒頭では自転車に乗るエミリーの後ろ姿から始まりましたが、ここでは正面から。

画面いっぱいの美しい青空と太陽と街路樹の中、両手を広げて住宅街を走っていくエミリーの姿で本作は幕を閉じます。

エンドロールでは、アラバマシェイクスの「Sound & Color」がこの家族の未来を明るく照らすように流れます。

「今まで見たことないようなそんな世界が広がっている」

「音や色彩が頭の中に残ってる」

「人生は音や色彩に溢れてた」

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というわけで、手法とか演出面についても色々書きましたが、「こういう風にすれば今っぽい」とかいう頭で考えたものではなく、あくまで監督の体感から出てきた演出方法なんだと思います。とてもパーソナルな部分を込めたと監督もインタビューで語っていますし。

 

普遍的な"青春の苦悩"と"家族の再生の物語"ですが、エッジの効いた演出と、登場人物に寄り添う素晴らしい楽曲たちが詰まった、監督の個人的な「ミックステープ」のような映画だと思います。

 

音と色の波”に飲み込まれた先に、“自分の人生の”とどう向き合うか、そんなことに思いを巡らせられる素晴らしい作品でした!

 

画面は超美しいし、俳優陣の演技は素晴らしいし、めちゃくちゃ音楽はいいしと、これこそ映画館で鑑賞すべき作品だと思うので、ぜひ、映画館でご鑑賞ください!!