『セーラー服と機関銃 -卒業-』〜映画感想文〜
※この記事はちょっとだけネタバレしています。
『セーラー服と機関銃 -卒業-』(2016)
上映時間 118分
監督 前田弘二 脚本 高田亮
1981年に製作・公開され、社会現象を巻き起こした薬師丸ひろ子主演の大ヒット映画「セーラー服と機関銃」のその後を描いた赤川次郎の小説を、人気アイドルの橋本環奈主演で実写映画化。橋本にとってはこれが映画初主演となり、長谷川博己、安藤政信、武田鉄矢ら実力派が共演。脚本は「そこのみにて光輝く」の高田亮、監督は「婚前特急」の前田弘二。かつて弱小ヤクザ・目高組の組長をつとめ、伯父を殺した敵を機関銃で襲撃する事件を起こした18歳の少女・星泉。目高組が解散してからは、商店街の「メダカカフェ」を切り盛りしながら普通の女子高生として平穏な毎日を過ごしていた。ところがある日、モデル詐欺に巻き込まれた友人の相談を受けたことから、彼女の周囲に再び不穏な空気が漂いはじめる。(以上、映画.comより)
予告編
現役アイドルによる、現役アイドルのための、バイオレンス任侠アイドル映画!!
ということで今年の3月に観てきました。橋本環奈さん主演の「セーラー服と機関銃-卒業-」
本日8月3日にBD/DVD発売&動画配信記念ということで、某SNSで書いた記事に加筆して書いていきたいと思います。
角川40周年記念作品にも関わらず、世間的には「大コケ」だったみたいでして、僕が観た回も50代くらいの夫婦と3人でした。まぁこの予告編なら仕方ないですね。見るからに駄作の予感しか伝わらない予告編。
「橋本環奈がラブホではしゃいでる様子が見れるのはこの映画だけ!」くらいの煽りいれてもよかったんじゃないかと思う始末。それなら観に来る輩ももっといたでしょうに。
しかしながら本作は、「えー、アイドル主演で昔の作品のリメイクでしょ。」と思っている人に、「そんなヌルい映画じゃないぞ」と声を大にして言いたい作品です!
「テメェ舐めてっと知らねぇぞ!!」
と、そんな本作の感想の前に、相米慎二監督の薬師丸ひろ子版「セーラー服と機関銃」の復習をさせてください(勝手にしやがれ)
赤川次郎の原作は未読なのでなんともいえないですが、とにかくストーリーがめちゃくちゃ。まぁ女子高生がヤクザの組長という設定自体変なので、ハナから「良く出来たストーリー」など期待しちゃいけないと思うのですが(暴論)
しかし、この薬師丸ひろ子版「セーラー服と機関銃」が名作とされているのは、薬師丸ひろ子のアイドル的な魅力と映像的なマジックであると思っています。
ヤクザの世界に不本意に足を踏み入れ、その不条理さに翻弄されながら大人になっていく星泉を薬師丸ひろ子が演じることで、そんな世界の中でそれでもなお残る透明感、少女の神秘性みたいなものが当時のアイドル的魅力、さらには旧作の大きな魅力だと僕は思っています。だからこそ、「セーラー服と機関銃」はアイドル映画として名作であると言えるのです。
また長回しシーンや「ここぞ!」という時の薬師丸ひろ子のアップ、魚眼レンズ撮影、美術や照明の色彩の妙が、先ほどのアイドル的魅力に映像的な説得力を与えている。と、思います。
まぁそんな感じで現代っ子である僕が観ても、最終的に「薬師丸ひろ子、可愛かったなぁ」とまんまと思わされる映画ですね。エンドロールのゲリラ撮影まで含めて。
薬師丸"モンロー"ひろ子
では本作、橋本環奈主演の「セーラー服と機関銃-卒業-」はどうだったか。
結論から言えば、めちゃくちゃ楽しみました。
先述した旧作の魅力を引き継ぎつつ、全く違う趣きの映画になっていました。
そもそも旧作の続き(パラレル?)の話で、「カ・イ・カ・ン」とマシンガンをぶっ放した後のお話。「いったん足を洗ったけど、ヤクザの世界に引き戻されちゃって...」という物語、しかもそこに現代社会の抱える様々な社会問題(危険ドラッグや高齢化社会の介護など)要素も加わってくるので、旧作と違いハードな物語なのです。
まず、映像的に往年の角川映画を思わせる撮影や編集がとても良いです。
これを観た少し前に、Q.タランティーノの「ヘイトフル・エイト」を観たのですが(もちろんめちゃくちゃオススメです)、そのときに感じた「昔の映画の匂いを現代に蘇らせる」という感じです。これだけでその映画には価値があると思うのです。
旧作へのオマージュはもちろん、大林宣彦的な回想シーンの表現、エンディングの「時かけ」オマージュなど、さすが角川40周年記念!と思えるスタイル。
相米イズムとも言える長回しもただのオマージュ的に使っているだけでなく、「これぞ映画!」といえる決定的な映像として効果的に使われていたと思います。
あの長回しシーンは「これぞ映画でしか見れない雨!」って感じでちょっと涙ぐんだな。うん。
また旧作よりビビッドな美術や照明の色彩と撮影が、「昔の映画っぽいのに古く見えない」という効果を生んでいると思います。
人が死ぬ描写もそれなりにしっかり描かれていて、鑑賞時は「あれ、思ってたよりハードだ」と感じました。
中盤、目高組のビルからの逃走というシーンがあるのですが、とある人物たちの不幸な結末と、その後の処理は、戦争映画とか苦手な人は結構キツイかもしれません(笑)普通にヘコみます(笑)
ただ、この映画の白眉ともいえるシーンになっています。
東映やくざ映画的なケレン味たっぷりの銃撃戦もあったりして、非常に楽しい(笑)
しかし1番驚かされたのは、悪役の安藤政信さんの狂った演技、殺し屋役の奥野瑛太、コメディ要員だけど渋い武田鉄矢など、脇を固める俳優陣
に、引けを取らない主演橋本環奈の演技力と存在感!
さすが1000年に1度の逸材の顔面力。とにかく普通に顔面が整っている。びっくりした。
びっくりしました。(大事なことなので2回言いました)
ですが、今回の星泉≒橋本環奈は、「可愛い」より「凛々しい」のです。
先述した映像的なマジックが主演の魅力をさらに引き出す、というのは旧作と同じなのですが、そのベクトルが「可愛さ」より「凛々しさ」に向いている。
で、その結果、ハードな話の中で果敢に戦いに臨み、傷けられながらも「凛々しく」映る星泉≒橋本環奈に「強さ」を感じるようにできていると。
劇中に星泉≒橋本環奈に向かっていわれるセリフも含めて、「今のアイドル映画」だと思いました。
「可愛らしさ」や「神秘性」が求められていたのが昔の女性アイドルであれば、今のアイドルの多くは「頑張っている姿」、「闘う姿」を応援することで消費されています。
芸能界というハードな世界で切磋琢磨ながら、それでも笑顔でステージに立つ彼女たちの姿と、本作の星泉の姿が僕には被って見えました。それを橋本環奈が演じているので尚更。
この見方でいえば、意外なところで登場する有名な機関銃乱射シーンはラストにもう1度登場するのですが、星泉≒橋本環奈が放つセリフと、その銃口がどこに向けられているかも見所です。
旧作のように、ラストのカタルシスに向けて作られている作品ではない本作のエンディングで橋本環奈が歌う「セーラー服と機関銃」は、薬師丸ひろ子の歌うそれとは違う印象でした。
ただ、映画的によくできた作品とは言い難いので、もちろん欠点もあります。
脚本の粗が目立つとか、手ぶれカメラ多用しすぎとか、長谷川博己のキャラがちょっと弱いとか、若干説明不足でヤクザのパワーバランスがいまいち把握できないとか、最後のとってつけた感とか、、、
そしてこれらの細かい粗さが積み重なった結果、現実の問題を扱っているという"リアル"さが中途半端になっていることが目立ってしまった。
作品内のリアリティの置き方がよくなかったと思います。物語が荒唐無稽でも、作品内のリアリティがしっかり描けていれば、現実の社会問題を意識させられる作品になっていたと思います。
これまで素晴らしい作品を生んできた角川の40周年記念作品。
荒唐無稽でつまらないと思うかもしれない、必ずしも傑作とは言い難い作品ですが、角川映画史、ひいては日本映画史の中で非常に重要なカルト作品になっていくと思います。
角川映画独特の空気感、実験的映像、そして橋本環奈の男気を存分に味わっていただくためにとりあえず、元祖「セーラー服と機関銃」と大林版「時をかける少女」とセットで鑑賞するのがオススメです!